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岡山地方裁判所 平成4年(行ウ)6号 判決

岡山倉敷市児島柳田町六七四番地の二九

原告

国安准一

右訴訟代理人弁護士

山崎博幸

岡山倉敷市児島小川五丁目一番地六六号

被告

児島税務署長 小野好彦

右指定代理人

村瀬正明

徳岡徹弥

赤枝京二

鈴木朗

金森武彦

石黒秀寿

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

1  被告が平成二年二月九日付けで原告の昭和六一年分及び昭和六二年分(以下「本件各係争年分」という。)の所得税についてした各更正処分及び各係争年分過少申告加算税の賦課決定処分(ただし、昭和六一年分については平成四年三月一六日付け裁決による一部取消後のもの。以下「本件各処分」という。)のうち、昭和六一年分の更正処分中、総所得金額が一四四万七六〇〇円を超える部分、昭和六二年分の更正処分中、総所得金額が一二七万六〇〇〇円を超える部分及び各賦課決定処分をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

第二事案

一  争いのない事実

1  原告は「国安重機」の屋号で土木工事業を営む白色申告者であり、本件各係争年分の所得税について、別表一の一、一の二の各「確定申告」欄記載のとおり児島税務署に申告したが、被告は、平成二年二月九日、所得税法一五六条の推計課税の方法により、同表の各「更正」欄記載のとおり、本件各処分をした。

2  本件各処分に対する異議申立及び審査請求の各手続の経緯は、右表に記載のとおりである。

二  争点

1  推計の必要性

(一) 被告の主張

被告は、原告が申告した本件各係争年分の所得金額が適正なものであるか否かを確認するため、被告の所部係官(以下「係官」という。)をして、原告の所得金額等の調査にあたらせることとし、係官は臨場又は電話により第三者の立会いのない状態での帳簿書類の提示を求めたが、原告は第三者の立会いに固執し、その協力が得られなかったため、被告は、やむを得ず推計により算出した所得金額で本件各処分を行ったものであり、本件において推計の必要性があったことは明らかである。

(二) 原告の主張

被告の係官は、原告の都合をまったく考慮することなく一方的に調査の日時を決定し、原告がなんとか都合を付けて右日時における調査に応じたところ、事前に昭和六三年分の所得金額についての調査を行う旨連絡しておきながら、当日になっていきなり昭和六二年分についても調査を行うと告げたうえ、原告の加入している倉敷民主商工会の関係者らの立会いを理由に、原告が提示すべく準備していた昭和六三年分の帳簿の調査を行わずに帰署し、一方的に反面調査を行って、推計課税による本件各処分をしたものある。本件においては、原告が調査を拒否した事実はなく、むしろ右係官らが調査を怠って、安易に反面調査を行ったものであり、推計の必要性はない。

2  推計の合理性

(一) 被告の主張

(1) 被告は、原告の取引先に対する調査の結果、本件各係争年分の原告の収入金額を別表二の一、二の二のとおりと把握したうえで、後記(2)の抽出基準に基づいて、原告と業種、業態及び事業規模が類似する同業者(以下「類似同業者」という。)として別表三の一、三の二の五名を選定し、これらの業者の収入金額及び経費額に基づき所得率(収入金額に対する青色申告者に限り認められている必要経費を控除する前の所得金額の割合をいう。)の平均値(以下「同業者率」という。)を算定し、別表四のとおり前記の原告の収入金額に右の同業者率を乗じて、原告の算出所得(事業専従者控除額控除前の所得金額)を算定し、その金額から、事業専従者控除額(本件各係争年分とも原告の父国安道博〔以下「道博」という。〕に係るもの)を差し引いて、原告の事業所得の金額を算出した。

(2) 被告は、類似同業者の選定に際し、〈1〉本件各係争年分を通じて、所得税の確定申告について、所得税法一四三条の承認を受けて青色申告書を提出している者、〈2〉本件各係争年分を通じて、土木工事業を係属して営み、造成工事を取り扱っている者で、その中途において、開廃業、休業又は業態を変更していない者、〈3〉材料費持ちで工事を請け負っている者、〈4〉パワーショベル、バックホウ等の自走式作業用機械設備及びダンプ式貨物自動車(ダンプカー)を自ら所有している者、〈5〉事業に係る収入金額が、昭和六一年分につき三五一五万五〇〇〇円以上一億四〇六二万三〇〇〇円以下、昭和六二年分につき二一三四万三〇〇〇円以上八五三七万三〇〇〇円以下の範囲内である者(この金額は、被告が把握している原告の本件各係争年分の収入金額の約二分の一以外かつ二倍以下の金額である。)、〈6〉事業主及び青色事業専従者一名が年間を通じて現場作業に従事している者、〈7〉本件各係争年分の所得税について更正又は決定の各処分を受けた者にあっては、国税通則法若しくは行政事件訴訟法の規定による不服申立期間若しくは出訴期間を経過している者又はこれらの争訟が係属していない者、のすべての条件に該当するとの抽出基準を設けたうえで、原告の住所地である倉敷市及び倉敷市に隣接する市町村を管轄する各税務署管内の個人事業者のうち、右の〈1〉~〈7〉の条件に合致する者をすべて抽出し、抽出された者すべてを類似同業者として採用した。

右方法により採用された類似同業者は、機械的に抽出され、そこに恣意の介在する余地はなく、また資料内容は正確であるから、被告の推計方法は客観的な合理性を有するものである。

(3) 前示(1)の推計に基づく事業所得額は、本件各更正処分にかかる原則の事業所得額を上回るから、本件各処分は適法である。

(二) 原告の主張

(1) 昭和六二年の収入金額は被告主張のとおりであるが、昭和六一年分の収入金額は、六〇二五万一八五〇円であり、推計の基礎となった収入金額に誤りがある。

すなわち、被告は、別表二の一記載の昭和六一年分の原告の収入のうち、原告の取引先である団地総業株式会社(代表取締役古川保男〔以下「古川」という。〕、以下「団地総業」という。なお、平成元年五月一〇日、有限会社新児島団地〔代表取締役古川。以下「新児島団地」という。〕に吸収合併された。)からの収入について団地総業の総勘定元帳に基づいて、別表五のとおりの売上が存在するものとして団地総業に対する売上を合計六二一〇万円としているものと解されるが、右表中、昭和六一年一二月三一日付けの一一一〇万円(総勘定元帳に未払金として計上されている分)については、このうちの一〇〇〇万円はまったく架空のものであり、昭和六一年分の団地総業からの収入は、合計五二一〇万円である。

また、別表二の一中のホテルヤマゴ(正式名称不詳)に対する六万円の売上の事実もない。

(2) 原告は、昭和六〇年一〇月に開業したものであり、本件各係争年度は開業間もない時期に当たるが、開業当初には、当然、開業に伴う新しい資材の購入等、多額の経費がかかる。また、原告は、事業主が一人働き、従業員を使用せず、工事を外注に出すという方法を取っており、経費の内訳においては外注費が非常に高い割合を占める。

したがって、類似同業者の選定に際しては、前記〈1〉~〈7〉に加えて、新規開業者であること及び従業員を使用せず受注した工事を外注に出していることの各要件を満たす業者でなければならないところ、被告は、右のような原告の業種、業態、事業規模等の具体的な把握を行わず、極めて抽象的な基準に基づいて類似同業者を抽出選定したものであり、不合理である。

(3) 後記3のとおり実額を主張する。

3  実額による所得金額

(一) 原告の主張

原告の本件各係争年分の収入の額及び内訳は、別表六のとおりである。

経費については、実額を主張する。その金額及び内訳は、別表六のとおりである。

(二) 被告の主張

原告は、本件各係争年分の収入金額について、昭和六一年分の一部を除き、被告が主張する金額と同額である旨主張するが、所得の実額を主張して推計課税の合理性を争う場合、原告において、係争年度における正確な一切の帳簿書類を提出し、その主張する収入金額がすべての取引先からのすべての取引についての捕捉もれのない総収入金額であり、かつ、その収入と対応(直接費用については収入との個別対応、間接費用については期間対応)する必要経費が実際に支出され、当該事業と関連性を有することを合理的な疑いを容れない程度に立証すべき責任があると解されるところ、原告は、収入金額に係る書類等を何ら提出していないから、原告の主張する収入金額がすべての取引崎からの総収入金額であるとの立証はなく、また、必要経費についても、原告が経費の支払事実を裏付けるものとして挙げる一覧表、請求書及び領収書等の中には、実際の取引に密着して作成、授受されるのではなく、本件訴訟のために事後的に、それも異議決定後に作成されたものや、原告の事業とは無関係な支出に関するもの、あるいは収入との対応関係が不明であるものが多数含まれているから、本件において原告主張の実額計算によることはできない。

第三争点に対する判断

一  推計の必要性について

1  前記争いのない事実、証拠(甲五五四、乙二五、二八、証人佐々木繁生、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

原告は、本件各係争年分の所得税について、別表一の一、一の二の各「確定申告」欄記載のとおり申告したが、右各確定申告書には、収入金額、必要経費の額等の記載がなく、収支内訳書の提出もなかったことから、被告は、右申告された事業所得の金額が正しいかどうかを確認するため、当時児島税務署の国税調査官であった佐々木繁生(以下「佐々木係官」という。)ら職員に原告の所得税調査を実施させることとした。

佐々木係官ほか一名は、平成元年(以下、日時のみ示すときは、いずれも平成元年である。)九月六日午後一時三〇分ころ、原告方に赴いたが、不在であったので、所得税調査のために臨場したこと、同月一二日午前一〇時に再び臨場したいが、都合が悪ければ、七日の午前八時三〇分から九時の間に同係官まで電話連絡をしてほしいことなどを記載した「連絡票」を差し置いて帰署した。しかし、同月七日には、原告からの連絡はなかった。

同月一一日午前八時四〇分ころ、原告から佐々木係官に電話が入り、原告は、同月一二日は仕事が入り都合が悪い、いつ仕事が空くか分からないが、一〇月二九日以降であれば、車の検査の関係で時間が取れる旨述べた。これに対し、佐々木係官は、原告の申し出た日が一か月以上も先であったため、特別な事情がない限り原告だけ調査を延期するわけにはいかないとして、同月一八日午前一〇時に調査のための時間をとってほしい旨原告に要請したところ、原告はこれを了解した。

同月一八日午前一〇時ころ、佐々木係官ほか一名が原告方を訪れたところ、原告方玄関の前に男性三名が立っており、そのうちの一名が三脚にのせたビデオカメラを係官らに向けて撮影していた。また、原告方の玄関脇の板の間には、男性三名が座っていた。佐々木係官は、座っていた三名中の一名が原告本人であることを確認したうえで、身分証明書を提示して氏名を名乗り、原告の所得税調査のために来訪したことを告げた後、原告以外の男性が誰であるか尋ねたところ、原告から倉敷民主商工会の関係者(以下「民商関係者」という。)であるとの説明があったので、同係官は、原告に対し、右民商関係者の退席及びビデオカメラによる撮影の中止を求めた。これに対し、原告は、ビデオカメラによる撮影は中止したが、民商関係者の退席については応じず、立会いを拒む理由について説明を求めたので、佐々木係官は、調査に関係のない第三者がいると守秘義務違反になるおそれがあることを説明して重ねて右民商関係者の退席を求めた。しかし、原告はこれに応じようとせず、調査年分及び調査理由について尋ねた。佐々木係官は、調査年分について、昭和六一年から昭和六三年分である旨、調査理由について、所得金額が正しいかどうかの確認である旨回答するとともに、原告に対し、売上、経費に関する各年分の帳簿書類のすべてを提出するよう求めたが、原告は、九月一一日の同係官との電話での会話の際、同係官が調査年分を昭和六三年分だけだと言ったから同年分の帳簿書類しか用意していないと述べたうえ、再度民商関係者の立会いのうえでの調査を要求し、用意していると称する帳簿書類の提示はしなかった。この間、民商関係者のうちの一名が原告に代わって発言し又は原告に耳打ちした後に原告が発言するということが度々あった。そこで、佐々木係官は、右のような状況では正常な調査は困難と判断し、原告方を辞去した。

同日午前一一時二〇分ころ、原告及び民商関係者六名が児島税務署を訪れ、原告の調査日時の延期、第三者の立会いの容認、反面調査の禁止を内容とする抗議を行った。この時対応にあたった児島税務署の総務課長は、原告に対し、調査への協力を要請するとともに、第三者の立会いは容認しないし、必要があれば反面調査を行う旨回答した。

総務課長から右の経緯を聞いた佐々木係官は、統括官と協議のうえ、原告が第三者の立会いのない状態で帳簿書類を提示して調査に応じる可能性はないと判断し、部内資料や銀行調査等から把握した原告の取引先に対して、原告との取引金額の紹介文書を送付するなどの反面調査を実施することにし、一〇月初旬ころ、右調査に着手した。

一〇月一二日午前一一時五五分ころ、原告から佐々木係官に電話があり、同係官が当時既に着手していた反面調査の中止を求める旨の抗議がなされた。同係官は、九月一八日の調査の際に、第三者を退席させて調査に協力するよう求めたにもかかわらず、原告の協力が得られなかったので、やむを得ず反面調査を実施している旨回答したうえで、再度、第三者の立会いのない状態で帳簿書類を提示する等の方法で調査に協力して欲しい旨原告に要請したが、原告は激昂した口調で同係官及び税務署の対応を非難するとともに、修正申告にも絶対に応じないこと等を述べ、同係官が、再度、第三者の立会いのない状態で帳簿書類を提出して調査に協力する意思があればその旨係官まで連絡してくれるよう告げても、「民商と相談する。」というのみで非協力的な態度を崩さないまま一方的に電話を切り、以後は、原告から被告及び右係官に対して何らの連絡もなかった。

そこで、佐々木係官は、原告の本件各係争年分の事業所得金額について、原告の協力のもとでその帳簿書類等の調査を行ってそれに基づいて計算することは不可能であり、推計の方法によって算定せざるを得ないと判断し、原告の取引先に対する反面調査を続行し、右調査により把握し得た収入金額を基礎数値として、原告の類似同業者の平均所得率を適用する推計方法によって、原告の本件各係争年分の事業所得金額を算出した結果、原告の申告所得金額は過少であるとの結論に達した。

同係官は、平成二年二月二日午後三時三〇分ころ、右調査結果の開示及び帳簿書類の提示の意思の有無の確認等のため原告方に赴いたが、不在であったので、右調査結果及び修正申告に応ずる意思があれば同月五日までに電話連絡のうえ来署願いたい旨を記載した「連絡票」を差し置いて帰署した。

しかし、その後、原告から何の連絡もなかったため、被告は、本件各処分を行った。

2  以上のとおり、原告は、佐々木係官らが、事前に原告と調査日時を調整のうえ、原告方を訪れ、本件各係争年分の所得金額の確認である旨を告げて調査に協力を求めたのに対し、税理士でない第三者の立会いを執拗に求めて、その立会いのない状態での帳簿書類の提示を拒否し、その後も反面調査に抗議するだけで、依然として調査に非協力的な態度をとり続けたのであるから、被告において、原告から帳簿書類等の提示を受けたうえでその所得金額を実額で把握することは困難であり、推計の方法によって原告の本件各係争年分の事業所得金額を算出せざるを得なかったものということができる。

したがって、本件においては、推計の必要性があったと認められる。

二  推計の合理性について

1(一)  被告は、原告の取引先に対する反面調査の結果、被告が把握し得た本件各係争年分の原告の収入金額は、別表二の一、二の二のとおりである旨主張し、このうち、昭和六二年分については、原告もこれを争わず、昭和六一年分についても、団地総業の原告に対する昭和六一年一二月三一日付けの未払金一一一〇万円のうちの一〇〇〇万円及びホテルヤマゴ(正式名称不詳)に対する六万円の売上を除き争いがない。

(二)  そこで、まず、右の一〇〇〇万円の未払金の存否について判断するに、証拠(乙一〔枝番を含む。以下、枝番のあるものにつき同じ。〕~三、二三、二四、二六、証人古川及び同米森英治、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、団地総業の総勘定元帳に昭和六一年一二月三一日付けで「国安」に対する未払金として一一一〇万円が計上されていること、原告は、団地総業に対し「国安重機」名義の昭和六二年一月八日付け一一〇万円、同月三〇日付け二〇〇万円、同年五月二〇日付け一〇〇万円、同年九月二五日付け一〇〇万円、昭和六三年五月一〇日付け六〇〇万円の各領収書を発行していること、原告は、昭和六〇年一〇月ころから昭和六三年七月ころまで、団地総業の注文により宅地造成工事を行っていたこと、右注文は原告の父の道博が取ってきたものであり、金銭面の交渉は道博が行っていたこと、右工事請負契約では、工事代金につき、面積や区画数等の明確な基準によらず大雑把に総額で計算されており、支払については、一応出来高払いとされていたが、具体的な月々の支払い額は道博と古川との話し合いで決められていたこと、原告は全一三工区のうち第二及び第四工区の造成工事を請け負っていたが、昭和六一年一一月ころ第二工区の造成工事が終了したため、道博は、同年一二月ころ、古川に対し、第四工区の工事に取りかかる前に第二工区分の代金額を明確にしたいとして、額面八二一〇万円の請求書を渡したこと、この金額を前提とした場合、昭和六一年分の工事代金として一一一〇万円の未払金が残る計算となり、古川と道博の間で右金額を確認したこと、右請負契約に限らず取引先に対する請求及び支払等は、平成元年まですべて原告の父が管理しており、原告は一切関与していなかったことが認められ、以上によれば、昭和六一年一二月三一日の時点で原告が団地総業に対し未収入金一一一〇万円を有しており、これが昭和六一年分の原告の収入として計上されるべきものであると認めることができる(原告は、自分は右未収入金の存在についてまったく聞いていない、当時一〇〇〇万円もの未収入金の存在についてまったく聞いていない、当時一〇〇〇万円もの未収入金が残るほどの仕事をした記憶がない、前記の領収書を書いた覚えはあるが、それに対応する金額を自分は受領していない旨供述するが、他方で、金銭のやりとりはすべて父が行っていたので自分にはわからない、父は現在寝たきりで軽い痴呆の状態であるため確認できないというのであるから、右供述は、右一〇〇〇万円の未収入金の存在を否定する根拠にはならない。なお、原告は、団地総業の総勘定元帳のうちの原告への支払に関する記載を団地総業の事務員に書き出してもらったメモ(甲五五五)に右一〇〇〇万円に対応する支払が計上されていない旨主張するが、右メモは、昭和六一年及び昭和六二年の支払のみが記載され昭和六三年分が除外されており、そのため前記の昭和六三年五月一〇日付けの六〇〇万円が挙げられていないのであるから、右書証が前記認定を左右するものとはいえない。)。

(三)  また、乙一三によれば、昭和六一年一二月にホテルヤマゴ(正式名称不詳)から玉野信用金庫児島支店の原告名義の預金口座に六万円が振り込まれており、そのころホテルヤマゴに対する同額の売上があった事実が認められる。

(四)  以上によれば、本件各係争年分の収入金額が別表二の一、二の二記載の収入金額を下回るものでないことが認められるから、被告が右収入金額を推計の基礎としたことは何ら不合理ではない。

2  次に、類似同業者の抽出基準の合理性について判断する。

(一) 前記争いのない事実、右1の認定事実、証拠(甲五五四、乙一四~二二、二六、証人古川及び同米森英治、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

原告は、本件各係争年当時、いずれの年度においても一年を通じ継続して土木工事業を営み、その間に主な事業として造成工事を行っており、その事業形態は、自己及び道博の二名で、原告が現場における作業を、道博が営業及び経理等をそれぞれ担当し、材料費持ちで工事を請け負い、作業にあたっては、自ら所有するパワーショベル等の自走式作業用機械設備及びダンプ式貨物自動車(ダンプカー)を用い、また、従業員を使用せず受注した工事はすべて外注に出すというものであった。

被告は、類似同業者の選定に際し、〈1〉本件各係争年分を通じて、所得税の確定申告について、所得税法一四三条の承認を受けて青色申告書を提出している者、〈2〉本件各係争年分を通じて、土木工事業を継続して営み、造成工事を取り扱っている者で、その中途において、開廃業、休業又は業態を変更していない者、〈3〉材料費持ちで工事を請け負っている者、〈4〉パワーショベル、バックホウ等の自走式作業用機械設備及びダンプ式貨物自動車(ダンプカー)を自ら所有している者、〈5〉事業に係る収入金額が、昭和六二年分につき二一三四万三〇〇〇円以上八五三七万三〇〇〇円以下の範囲内である者(この金額は、被告が把握している原告の本件各係争年分の収入金額の約二分の一以上かつ二倍以下の金額である。)、〈6〉事業主及び青色事業専従者一名が年間を通じて現場作業に従事している者、〈7〉本件各係争年分の所得税について更正又は決定の各処分を受けた者にあっては、国税通則法若しくは行政事件訴訟法の規定による不服申立期間若しくは出訴期間を経過している者又はこれらの争訟が係属していない者との抽出基準を設けたうえで、原告の住所地を管轄する児島税務署長を始め近隣の岡山東、岡山西、西大寺、倉敷、玉島、玉野、笠岡の各税務署長宛に各税務署管内の個人事業者のうち、右の〈1〉~〈7〉の条件に合致する者すべて抽出するよう通達を発し、これに対する右各税務署長からの報告に基づき抽出された事業者すべてを類似同業者として採用した。

右方法により本件各係争年分につき各五名の類似同業者が選定された。右各五名の本件各係争年分の収入金額、経費額、算出所得額、算出所得率及び算出所得率の平均値(同業者率)は、別表三の1、三の二のとおりである。

被告は、別表四のとおり、前示1の本件各係争年分の原告の収入金額に右の同業者率を乗じて得た金額から、事業専従者控除額(原告の父道博を事業専従者としたうえで、各年分につき各四五万円と認定。右控除額については争いがない。)を控除した額を、原告の事業所得の金額として算出した。

(二) 以上によれば、被告が設定した右〈1〉~〈7〉の類似同業者抽出基準は、原告の事業と業種、業態及び事業規模において一応の類似性を有し、その抽出は機械的に行われ、恣意の介在する余地はなく、抽出された類似同業者数も類似同業者の個別性を平均化するに足りるものということができ、また、青色申告者で更正処分等に対して不服申立をしている者を除外していることにより、その所得金額に関する資料内容の正確性が担保されていると認められるから、右類似同業者の抽出選定及びその結果算定された同業者率には、客観的な合理性があるといえる。

原告は、〈ア〉本件各係争年分は原告が開業して間もない時期であり、開業に伴う新しい資材の購入等に多額の経費がかかっていること、〈イ〉従業員を使用せず、外注に依存する事業形態であることを主張し、こうした原告の特殊事情を考慮せずに設定された抽出基準に基づく類似同業者の選定は、合理性を欠く旨主張する。しかし、類似同業者の所得率の平均値による推計の方法を用いる場合には、原則として、同業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は捨象され、営業条件の差異が平均値による推計自体をまったく不合理とする程に顕著なものでない限り、右平均値に基づく推計は合理的ということができ、原告がその事業形態について前記の特殊事情を主張して本件各処分における推計の合理性を争うのであれば、原告の側で右事情が平均値による推計自体をまったく不合理とする程に顕著なものであることを具体的に立証する責任があるところ、〈ア〉については、本件各係争年度における必要経費の支出として原告が主張するもののうちのどれが開業に伴う新しい資材の購入等に関するものであるかについて、具体的な主張立証がないため、実際に本件各係争年度において新規開業のために多額の経費がかかったのか、及びその額が平均値による推計を不合理とする程の金額であるかを判断することができず、〈イ〉については、被告の抽出基準においては従業員数は問題とされていないものの、一般に給料賃金と外注費とは相互に補完的な関係に立つ経費と解されるから、外注に出したからといって、当然に、従業員を使用した場合に比べてはるかに多額の支給を余儀なくされ、経費の総額において、平均値による推計を不合理とする程の差額が生じるとはいえず、(原告の主張する必要経費には給料賃金の計上はない。)、原告の事業において他の類似同業者と異なり特に多額の経費が必要とされる事情があることを具体的に示す証拠はないから、原告の主張はいずれも採用しない。

3  以上によれば、前示の推計に基づく事業所得額(昭和六一年分が一〇八七万〇二七二円、昭和六二年分が六二九万四四六七円)は、いずれも本件各係争年分更正処分に係る事業所得の金額を上回るから、その範囲内で行われた本件各更正処分及びこれを前提とした本件各賦課決定処分は、原告においてその事業所得の実額が本件各更正処分にかかる事業所得の金額を下回ることを証明しない限り、適法である。

三  実額による所得金額について

1  原告は、本件各係争年分の収入金額について、昭和六一年分の一部を除き、被告が主張する金額と同額である旨主張して、収入金額に関する帳簿書類等を一切提出せず、必要経費についてのみ実額を主張して、領収書等の証ひょう類を提出する。

しかし、前示の被告が調査して把握した収入金額は、原告の収入金額のうち、銀行調査等により被告が知り得た取引先に反面調査の結果、収集することができた資料に基づき、その額を下らない収入として把握し得た金額であって、実額そのものではないから、原告の主張は、失当である。

なお、付言すると、被告主張の収入金額中、原告が争っている昭和六一年分の一部について、その存在が認められることは、前示二1のとおりであるから、仮に収入金額の実額につき被告主張額と同額とした場合、昭和六一年分の収入金額は七〇三一万一八五〇円となり、これから昭和六一年分の必要経費として原告が主張する金額の合計五九七一万六六八〇円及び事業専従者控除額四五万円を控除すると一〇一四万五一七〇円となるが、これは昭和六一年分の本件更正処分(一部取消後のもの)における総所得金額八二二万六七〇四円を上回るから、昭和六一年分の本件更正処分については、経費についての実額の立証のいかんを問わず(もっとも、後記2のとおり、経費について実額の立証がなされたといえない。)、適法であることが明らかである。

2  原告は、本件各係争年分の経費について、別表六のとおり主張し、その支払を裏付けるものとして、甲七~甲五五三を提出するが、右書証中には 次のとおり、その作成経緯に照らし、そこに記載されている金額が本件係争年度に現実に支払われたことを示す証拠たり得ないものや、明らかに原告の事業にかかる経費とは認められない支出に関するものが多数含まれているうえ、その大半が対応する請求書や取引明細書等が提出されてない領収書であるため、その取引内容が特定できず、本件各係争年度の収入金額に対応する支出か否かが明らかにされていない。すなわち、

(一) 外注費につき、原告は、その支払に係る証拠として、甲七~一四八、甲三〇四~三一〇、甲五三六~五五一を挙げる。

しかし、このうち、山本恭作名義の領収書(甲一二、一九、二七、三二、四〇、四八、五〇)及び同高橋潔名義の領収書(甲三三、四二、四九、五四、六三、六七、六八)は、原告本人尋問によれば、いずれも各領収書の日付欄の年月日に作成されたものではなく、本件各処分にかかる異議棄却決定後に審判申立のために作成された書類で、金額についても原告の記憶に基づき記入してもらったものであり、しかも実際の支払は、前示のとおり原告ではなく父の道博が行っていたというのであるから、到底、右領収書記載の年月日に右記載の金額が支払われたことを証明するものとは認められない。

また、原告が外注費として計上しているベルビーチ開発株式会社及びトップ興産株式会社に対する支払に関する領収書(甲一一、一七、二五、三一、三九、五二、六五、七二、八一、八五、一〇七、一一三、一二二、一三〇、一三四、一四一)については、原告自身は右二社との取引の存在をまったく知らず、かえって乙二七によれば、右二社に対する支払は、いずれも原告の父道博のベルビーチ開発株式会社からの借入金二〇〇〇万円の返済であることが認められるから、右各領収書が、原告の外注費に関するものでないことは明らかである。

甲八二~八四、八七~八九、九三~九八、一一四、一一五、一二一については、いずれも宛先の記入のない領収書であるから、右領収書にかかる支払が原告の事業に関するものと認めることはできない。

甲三〇五(安倍辰夫名義の請求金額二一〇万円の昭和六一年五月三一日付け請求書)と甲六六(同人名義の右同額の同年九月三〇日付け領収書)、甲五四二(有限会社太陽重機名義の請求金額一万六〇〇〇円の昭和六二年一一月二〇日付け請求書)と甲一四四(同社名義の右同額の同年一二月一日付け領収書)、甲五五一(株式会社高谷建設名義の請求金額四万の昭和六一年一二月三一日付け請求書)と甲九二(同社名義の右同額の昭和六二年二月一〇日付け領収書)、甲五四四(同社名義の請求金額六万円の同年九月三〇日付け請求書)と甲一三七(同社名義の右同額の同年一〇月一二日付け領収書)、甲五四〇(大王産業株式会社名義の請求金額一〇万円の同年五月三一日付け請求書)と甲一一七(同社を受取人とする右同額の同年六月五日付け振込金受領書)は、原告本人尋問及びその各記載内容に照らし、それぞれ同一の取引に係る請求書と領収書であると認められるが、原告は、右の各請求書と領収書をそれぞれ別の取引として重複して外注費に計上し集計している(甲一四九、一五〇、五五二、五五三)。

その余の書証についても、その大半が領収書又は振込金受領書であり、これに対応する請求書等が提出されておらず、右各書証にかかる支払が、いかなる取引にかかる支払であるか特定できないため、本件各係争年度の収入に対応する外注費であるか否かを判断しえない。

(二) 仕入(材料仕入)につき、原告は、その支払に係る書証として、甲一五三、二一五、三一七~三四二を提出しているが、その大半は、対応する請求書等の提出のない領収書であり、右各書証にかかる支払が、いかなる取引にかかる支払であるか特定できない。また、原告本人尋問によれば、右書証のうち、甲一八一の領収書にかかる支払によって購入した鉄管パイプが現在も手元に残っているというのであり、そうであれば、右支払は、所得税法三七条の規定に基づく費用収益対応の原告に照らし、本来、棚卸資産として本件各係争年度の経費に計上しえないもの又は経費であるとしても減価償却費としてその額の一部のみが計上しうるにとどまるものであるところ、原告は、これらを区別することなく、仕入として計上している。

以上によれば、前記の各書証にかかる支払については、それが本件各係争年度の収入に対応する材料仕入であるとは認められない。

(三) その他の経費についても、そもそも、支払の事実を裏付ける領収書等の証ひょう類がまったく存在しないものがあるうえ、右証ひょう類の提出があるものであっても、その大半が対応する請求書等の提出のない領収書であり、また、原告本人尋問によれぱ、原告は、本件各係争年度の当時、その事業に関する収支に関する帳簿を一切作成しておらず、領収書の控えと領収書、通帳で管理しており、しかもその管理はもっぱら原告の父道博が行い、原告自身は把握していなかったというのであるから、右領収書が本件各係争年度の収入に対応する経費に関するものであるとは、到底認められない。

3  以上によれば、原告主張の実額による所得金額が立証されたといえないことはもとより、所得金額の実額が本件各処分にかかる所得金額を下回ることの立証があったともいえない。

四  まとめ

以上の次第であるから、原告の本件各係争年分の事業所得の金額は、昭和六一年分が一〇八七万〇二七二円、昭和六二年分が六二九万四四六七円となり、いずれも本件各更正処分に係る事実所得の金額を上回っているから、その範囲内で行われた本件各更正処分は適法である。

また、原告が本件各係争年分の所得税の確定申告を過少に行ったことについて、国税通則法六五条四項所定の正当な理由は存在しないから、同条一項に基づいて行われた本件各賦課決定処分も適法である。

第四結論

よって、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 池田亮一 裁判官 吉波佳希 裁判官 濱本章子)

別表一の一

課税処分等経過表(昭和六一年分)

〈省略〉

別表一の二

課税処分等経過表(昭和六二年分)

〈省略〉

別表二の一

昭和61年分収入金額

〈省略〉

別表二の二

昭和62年分収入金額

〈省略〉

別表三の一

類似同業者の所得率表(昭和六一年分)

〈省略〉

別表三の二

類似同業者の所得率表(昭和六二年分)

〈省略〉

別表四

原告の事業所得の金額の算出経過表

〈省略〉

別表五

団地総業からの工事費入金一覧表

(昭和61年分)

〈省略〉

別表六

〈省略〉

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